So-net無料ブログ作成

最優秀の受験生になるには:国語編12章 [教育]

(1)
 大手塾月例テスト偏差値60前後の現在5年生(多くの塾ではちょうど新年度が始まったありなので塾では6年生)の少年がいるとします。塾へ行かずに最上位の男子中を受験する力をつける方法を考えてみたいと思います。通っている学校は、私立の小学校で、付属の中学がなかったり、付属の中学は女子校なので男子はほとんどが受験生という首都圏では珍しくないところとしましょう。こういう学校では、塾のテキストを配布して補習授業をしているのが普通です。これに四谷大塚の通信くらぶか家庭教師を併用しているとの仮定にしておきましょう。

 性格は素直な、いわゆる地頭もよい子としておきます。これらを仮定として、駒東、麻布、筑駒などを突破するためのあと一年をどうするか、を考えてみたいと思います。
(2)
 彼がもっとも苦手なのは国語とします。大手塾の月例テストで偏差値60を割ってしまうこともあるとしておきましょう。
国語の精髄は「わかればとける」と私は考えています。文章の内容が理解できればそれにかかわる読解問題や記述問題は解けるという意味です。ですから中学受験の国語指導は要は「筆者の文脈に即して自分の言葉で(筆者のことばで理解できるものはそれでよい)理解するか」ということと私は考えています。
(3)
 超難関中学の国語入試問題は、文字数にして6000文字、つまり新聞1面分の長文が2題、50分程度で解くように作られています。30分で新聞一面半分を読み、読解問題を考えたり、設問が指定すつ場所を探したり、自分の言葉でまとめ直したりする必要があります。まず速読の力をつけることが必要です。そのために新聞を毎日最低1面読みましょう。手掛かりとしては、投書蘭からはじめるのはどうでしょう。
(4)
 冒頭(2)の主張とも重なりますが、文章を読むときには必ず辞書を傍らに置きます。わからないことばはすぐ調べるのです。さらに問題集の『語彙1800』のような受験用問題集に毎日取り組むのも有効です。特に和語の知識・語彙が小学生では経験的に弱いので意識する必要があります。またやりっ放しでなく、ときどき見直して、あやふやな語彙にはラインマーカーをつけておくなどの工夫も必要です。
(5)
 読書量、知っている文章の経験値を増やすこと。簡単に言えばちょっと背伸びをした本について読書量をうんと増やしてほしいです。好きな内容の(の大人向けの)本を一気に読んでしまった、という体験を重ねることが、入試問題への速読にもつながります。 6年生の優秀な少年少女なら岩波ジュニア新書レベルの本はどんどん読破して行けます。何を読んだらよいかわからない場合は、塾のサイトで「入試に出た本」を何冊も紹介しています。これを片っ端から読むのも一つの方法です。さらにこれに興味がともなっていれば言うこと無しです。
(6)
 今までに述べたのは毎日の基礎栄養部分です。これにトレーニングが加わります。まずは知識演習です。6年当初からたとえば四谷大塚が出している『四科のまとめ』の知識編を毎日量を決めて一年がかり(12月はじめころまで)で制覇します。漢字の訓練もこのテキストを使ってやってしまいます。週に1度くらいそれまでに取り組んだ部分から問題を25題くらい抜粋して小テストをしてあげます。
(7)
 次は、読解のトレーニングです。入試の読解問題は大きく分けて、同義内容をさがすものと、原因または結果をさがすものの2タイプに分かれると私は理解しています。同義内容を探すには、問いで尋ねている部分と同じ話題の部分を探すテーマ性の把握力が必要です。また文脈の構造(形)を分析するコツを身につけることも必要と考えています。
(8)
 原因結果をさがす、というのは、大きくとらえると、場面、現在起こっている事件、今までの心情の流れが原因→現在の心情が結果、という文学的文章でよく出題されるタイプもこれにあたると言えます。しかし算数や理科の得意な子だからといって、理詰めの読解がすんなり受け入れられるほど単純なものではないのです。指導者の柔軟な対応が必要でしょう。感性的に物語文が「お話し大好き」的な感覚で受け入れられる子どもも多いのです。
(9)
 今の(7)(8)は塾に通っていれば毎週90分×2回くらい授業で扱ってくれます。そして復習をして身につける努力が課題になります。ここは受験少年にとっては試練です。しかし、この(7)(8)が入試の大半を占めるのです。冒頭から述べてきたこともすべてこの(7)(8)で花を咲かせるためのものです。そして辞書を傍らに置くこと、解らないことばはすぐ調べることです。
(10)
 さて、この(7)(8)(9)を独力でやって行く、あるいは週1一回家庭教師について勉強していくにはどうしたらよいかです。これはヴァイオリンやピアノのレッスンに通うのと似ていると考えるのが良いのではないでしょうか。つまり、家庭学習である程度(学習者が考えるなりの)の完成に近づけておくのです。先生は、語彙の練習状態や問題が解けた状態を確認します。そして、その日の課題曲(課題となる文章)を1題一緒に取り組んで、読解のしかたや、文章の分析方法を学んでもらうのです。そのさい、その日の課題文章については、必ず、意味が通るように音読しておくことを課します。先生に見せる課題が、親御さんにも見せてあげられて、親御さんが褒めてあげられるとさらにいいですね。

 読解問題の分量ですが、自学自習の分として3日で一題。一日は音読だけに充てます。3回読んでもいいです。設問は読みません。勿論解答解説を見るのもダメです。翌日に設問を解きます。答合わせは必ずします。三日目は復習と解き直しにあてます。二日目にこれが終わったら、三日目には200字詰め原稿用紙を使って、文章の要約文を作ります。はじめは大事と考えられる文章を本文から抜粋して箇条書きに書くのでもかまいません。さらて家庭教師の先生と週1回扱うとすればさらに1題。合計週に3題じっくり取り組めます。

 四谷大塚の通信くらぶを使う場合は、別途考えなくてはなりません。四谷大塚のシステムのいいところは毎週テストがあって、強い意志があれば学習をルーティーン化しやすいことと、クラス所属が月ごとに変わりますから、競争心と、努力の成果が報われた思いで自分を励ますことができます。

 教材を広げるのはあまり感心しませんから、通信くらぶをメインにするならその方向で、家庭教師の先生にも協力してもらうのがいいでしょう。

(11)
 最後にフォローについて述べます。(10)の項目で自学の三日目に述べたことと重なります。読解問題を解いて×になったところの扱いです。ノートを2段にして、下の段に正解を解答を見て頭に入れ、次に解答を見ないで書いておく。これは最優秀児童への対処として甘いかもしれませんね。知識系の他教科や算数なら「解き直しノート」の作成が絶対有効と考えますが、国語の場合は難しいです。専門家の方のアドバイスを頂けると有り難いです。
(12)
 大事なことをわすれていました。記述力の養成です。記述力は国語の力の完成段階に相当します。6年生受験生の新学期が始まった段階では、ともかく書けることをほめる、字の間違いや語彙の誤りだけにとどめることからはじめましょう。塾で使っている問題集やプリントの解答を読んで、どこがいい点かを評論させるのも自分が書くへのこやしとなると思います。

(補章)
あまり細か読解力陽性の中身を核と、結局虻蜂取らずになりそうなので、上記(7)(8)では、同じ内容(人物の見ているものと表情などもこれにふくまれます)と原因結果に絞りました。

 文脈の繋がり方として、順接・逆接・説明例示・並列添加・対比選択・転換の6通りがあること(これはよく接続後の穴埋め問題で出題されますね)、プロットの運び方として弁証法(単純化すると、正→反→合)に代表される、対比の文脈への意識や把握力を高める指導も当然考えなくてはいけませんね。
 
 こういうロジック系統の訓練がより重要なのか、記述の力の養成が重要なのかは、生徒さんの時と場合の状況によります。きめ細かい指導が大事なのは言うまでもありません。しかし、入試に向けて学力的に自立させていかないと、超難関校の突破は困難です。6年生は思春期の入り口で心身ともに大きく伸びはじめる時期です。子どもの水から伸びていく力をサポートしていくことが大事であること、指導者は肝に銘じておきたいですね。

八ヶ岳方面強行軍 [教育]

 8月12・13日は繁忙期ということで、JRも駅レンタカーも割引きサービスは一切ありません。小淵沢を19時18分に出た昇りの特急スーパーあずさはがらがらに近い状態です。そのぶん、中央自動車道が渋滞(上野原で27km)となっていました。

 8月12日は台風11号通過の直後なのに前線が停滞して一日雨でした。山梨・長野は内陸ですが、季節風は山がさえぎってくれても、上空に前線が居座られるとダメです。

 八ヶ岳南斜面は、火山のすそ野だけあって黒曜石や水晶が取れる場所です。また湧水の宝庫で、湿地帯や森も広い。(洪水や山崩れも多かっただろう。だから人々は高台に住んだ。知恵ものの集団、縄文人・・・)狩猟対象に事欠きません。そこで古くから、日本人の祖先が住み着いた場所となっています。

2014_0812_081016-DSCN4114.JPG 雨の中最初に向かったのは金生遺跡(きんせいいせき)です。縄文時代中期の遺跡で、壁を設けた竪穴住居が営まれていたと考えられている集落です。また石を円形に囲んだ中央に石棒を置いた死と再生にかかわる祭祀跡が見つかっていることでも知られています(写真参照)。南向きの斜面、裏手の湿地帯は現在は水田です。道路わきの側溝を勢いよく湧水が流れています。

 次に、金生遺跡のすぐ北側にある谷戸城址(やとじょうし)に向かい、城址の裏手にある北杜市考古資料館を見学です。ここは甲斐源氏の山城で、逸見氏が平家討伐に功があったことから栄え、武田家もここから派生したようです。

 この付近では弥生時代以降の史跡はあまりなく、次に出てくるのが平安末期です。気候が寒冷なため、稲作が難しかったためとみられています。

2014_0812_095648-DSCN4136.JPG さらに北に上り、甲斐小泉駅の近くに武田信玄が集落間の水利をめぐる対立を分水枡の石組を作らせて解決したといわれる三分一用水(さんぶいちようすい)を見ます(写真参照)。ここでぶよに首筋を刺され猛烈な噛みちぎられたような痛みに襲われました。 甲斐大泉、甲斐小泉、清里と駅前を探しましたが薬局はありません・・・清里の谷口牧場で応急措置をしてもらい、助かりました。

 谷口牧場を始め清里一帯は、高冷地農業と寒さに強いジャージー牛による酪農から開発が始まりました。敗戦直後に聖公会のポール・ラッシュがこの地に入り、指導しました。その拠点になったのが清泉寮(せいせんりょう)です。ここはさすがに観光客がかなりいて、ジャージー牛による濃い味のソフトクリームを食べています。

 谷口牧場と清泉寮の間に萌木の村(もえぎのむら)があります。ここにオルゴール博物館「ホール・オブ・ホールズ」があります。おもに今から100年ほど前の自動オルガンやオルゴールを置いています。SPレコードが出てくるまえの音楽生活の一端が分かります。(ここで、モーツァルトの書いた自動オルガンのためのアダージョが聴ければどんなによかったことか)

2014_0812_145727-DSCN4150.JPG 雨が小やみになったので、八ヶ岳の噴火でせき止められてできた松原湖(写真参照)を経由して、宿泊地白駒の池に入ります。

 翌朝は、晴れあがりました。そこで、この湖を一周(40分)しました。とちゅう川が湖に流れ込む寸前のところに「にう」という白い泡集まった場所があります(写真参照)。ここに来た人は「たいへんだ洗剤が湖に流れ出してしまう」というらしい。実際には山の腐葉土がわき水からの川に流され、岩場で水が渦巻いたり逆流したりするときに、栄養分だけが一か所にたまって析出したものが「にう」だとのこと。「山は海の故郷」と言って漁師の人たちが山に植林をすることを学んだりしますが、山の作る栄養とはたいしたものです。2014_0813_045836-DSCN4157.JPG

 ここから車山高原にひとっ走りです。小学校の移動教室で車山に登る機会も多いようですが、今回は軟弱にリフトを2回乗り継いで山頂までいきました。残念ながらガスってて、八ヶ岳と蓼科が見えるくらい。山は早朝に行かないと雲ひとつない眺望は望めませんね。

 車山の標高は1925mです、ここから一気に佐久盆地の龍岡城五稜郭へ向かいます。この二歩に二つしかないという五稜郭、実は龍岡は城ではなく陣屋です。西洋事情に明るい松平家の岡崎藩主が領地として持っていた信州の飛び地を幕末に本拠地として、西洋式の五稜郭をつくらせました。着工が1864年、完成が1867年。翌年が明治維新。数年後には建物は競売にかけられ、大きな台所だけが売れ残り、学制発布とともに小学校の校舎として使われました(写真参照)。現在でも龍岡城址は小学校になっています。2014_0813_101327-DSCN4184.JPGさて、さすがに佐久は盆地です。暑いです。

 ここから野辺山の滝沢牧場での遅めの昼食に向かいます。涼しい!一番気温の高い時刻ですが24℃。売店ではとうもろこし・グリーンリーフレタス・キャベツ・はくさいつまり高原野菜全部一個100円!ここでは食事も野菜攻めの感じです。

2014_0813_135955-DSCN4204.JPG そして南牧村民俗資料館へ。以前は開拓の歴史展示が主でしたが、昨年、3万年前にさかのぼれる細石刃(さいせきじん)が発見されたことで展示が様変わりしました。そしてその発見されたところは村が買い上げて標識が立ててあるといいます。畑を掘り返すと旧石器が拾えるとも聞きました。しかし、実際行ってみると雑草が生い茂っていて(写真参照)、土を掘り返して見るのは不可能でした。遺跡には真夏に行くもんじゃない。

2014_0813_145843-DSCN4209.JPGさてこうして、縄文→古代末期→近代→旧石器と時空の旅をした締めくくりが、小淵沢駅すぐ近くの大滝湧水です。神社(大滝神社)の社殿の横に大きな木をくりぬいた樋があり、そこから勢いよく水が流れ落ちています(写真参照)。この湧水が人間の歴史を、そして現在を支えていることを学んで、今回の強行軍社会科見学に幕を下ろすことにしました。社会科の先生が同行してくださったので、勉強になりました。どうもありがとう。

 

チョコレート治療???のすすめ???または学習観の転換 [教育]

 Mさま 

 お元気ですか。

 多くの患者さんを見ては、治療方針や治療の進捗を確認するカンファレンスに追われ、家に帰れば学会発表のスライド作成。[
 
 医食同源]と言ってはせっせと料理教室にも通う君。優秀な人の転換の良さに驚いたり、時間をどうやって生み出しているのかといつも不思議に思ったりしている。

 そういう時間のやりくり名人の君でも、先日の「ためしてガッテン」を見る暇は作れなかったのではないだろうか。テーマはチョコレートだった。全然知らないことばかり。君の病院では患者さんの治療にチョコレートを使っているかい。まだ全国の20の病院で処方されているだけと番組では言っていたから、先進治療に熱心な君の病院でも意外に使っていないような気がしている。

 抗菌作用があって、傷口が全快するのに1週間かかる患者さんが4日で全快したと医師が語る。内臓の傷もチョコレートを摂取することで早く癒えるのだという。治療の経過で食欲の進まない患者さんの栄養補給に、鼻からチューブを入れて胃にチョコレートを流し込んでいる場面も出てきたのには驚いた。僕の胃に穴があいて医が血だらけになったときの治療では、ずいぶん長く点滴、流動食が続いた。チョコレート治療をやってほしかったな。

tokyo_medical%20plant17_mカカオ豆.jpg チョコレートはカカオ豆から作ることは誰でも知っている。カカオの実は、いつか君と行った東京・小平にある東京都薬用植物園の温室で、その大きな赤い実を一緒に見ているね。しかし、その中が、白いねばねばした果肉と種子(いわゆるカカオ豆)になっているのは、この番組の映像ではじめて見た。それを一緒にして寝かせておくと豆が醗酵してくる。これを焙煎してチョコレートの原料とする。チョコレートは発酵食品であったとはこれも驚きだ。

 バレンタインの日に事務員さんや看護師さん、薬剤師さんや患者さんにチョコレートをあげて、ホワイトデーに君がマシュマロをお返しでもらう話は以前に聞いた。その時にあげる手造りのチョコレートだが、油が分離してしまい、チョコレートがバカに硬かったりぼそぼそしてしまうのが君は不服そうだった。ぼくには「こうすればうまく作れるよ」などという知識は無いので、ほぞをかんでいるしかなかった。しかし、番組を見て、「もしかしたら番組内容を伝えることですこし力になれるかも」と元気が出てきた。

 チョコレートは結晶である。溶かす温度が28度から31度が最適であって、番組では湯せんではなく、ドライヤーを板チョコに当てて溶かしていた。そこに板チョコの一片を細かく砕いた結晶の「種」または「中核」になる細かいかけらを入れる。そしてもう一度温度を上げて、それから型をつくる。結晶がキレイに出来るとチョコレートが口の中で溶けるとろける感が絶妙になるという。温度管理をしないと結晶は大きく発達せず、触感もボソボソになる。温度と大きい結晶をつくる二点がポイントなのだ。

 驚くのはまだはやく、この番組も攻めに攻めると笑いたくなった。イチゴとサキイカをチョコレートに乗せる、魚肉ソーセージを乗っける。ちくわを乗っける。

 それらを食べた志の輔、山瀬まみらのメンバーが「おいしい」を連発。

 数式や専門用語を使わないで科学の世界にいざなうのは難しい。それを驚きの連続で構成したのはなかなかのものだった。驚きの連続とか今までの観念がひっくりかえったというのは学習にとって肝で、これを教育学では学習観の転換といっている。番組ではこれをたたみかけるようにやっているのが、僕にはおもしろかった。

 君の病院でもやってみないか?君の病院の栄養士さんに提案してはどうだろう。

 またしても例のおせっかいで申し訳ない。激務に負けず元気で活躍して下さい。  ケリー拝

時は流れる川の流れのように~B4版ファックスは古い [教育]

 携帯電話の登録件数は固定電話の登録件数より多いことは知っていますね。

 今日、東京新宿のヤマダ電機に行きました。当然、固定電話機の売り場より、携帯電話の登録や購入をする売り場の方が広くなっていました。かたや、3階の1コーナー、かたや2階全部、かたやメーカーの説明院の人などいない、かたやヤマダ電機の店員さんだけでなくメーカーの説明員さんもいます。

 今日出かけた目的は、だいぶ古くなって、コードがむき出しになったり、うまく紙送りをしてくれず、後ろのカバーが外れやすくもなっているFAXを新しいものに買い替えようということです。たぶんもう20年くらい使ったんじゃないかな。NECの機械ですが、ネットで検索しても我が家の機種は出てきません。

 ずいぶんコンパクトになり、液晶は大きく、テンキ―も大きめ、電話番号を覚えさせるワンタッチボタンも大きめで目立つ、などなどトシ食ったものにはいかにも使いやすいものがあります。子機をひとつつけるか二つ付けるかで5000円くらい値段が違います。現役のNECの機械には2つついているが、一つはあんまり使いません。

 子機は一台でもいいか。よし、これを買うか、と思ったそのとき。説明してくれた店員さんに、「これB4を送れますか?」と、すっかり忘れていて気付かなかったことを質問しました。現役のNECくんは一応B4を送れるんです。途中でやや斜めになってしまうのですが。

 店員さんの話だと、今、B4が送れるファックスはブラザー製の2機種くらいでお取り寄せ。機械本体もかなり大きく電子レンジくらいあり、価格も4万円と少し。

 ありゃりゃりゃ。お店に並んでいる機種はすべてA4対応とのことで、最近の機種はほとんどそう。私は仕事でB4版の紙を送る必要があるんですね。毎月というわけではないけれど。でもB4送れないと困る。

 とりあえず家に帰って頭冷やして考えなおすことにしました。最近の商品事情を詳しく教えてくれた店員さんに「ありがとう」を言って、帰りの電車の中では「現役NECくんをもう少しいたわりながら使っていこう。修理できるならしながらね」と意を固めました。

 最新型とは縁がない。時代はB4の時代ではなくなっている。家庭でファックスを送受信する時代でもなくなっている。携帯・スマホ・ネットの時代だ。だんだん家庭用ファックスも、かつて一時期を風靡した、かのワープロのごとく忘れ去られていくんでしょうね。時は流れる川の流れのように。

橋本文法 [教育]

 皆さんは「橋本文法」なるものをご存知でしょうか?

 昔、中学生に国語を教えていたことがあります。そのときは不勉強で、余り国語の得意でない生徒に「先生、可能動詞ってなんでしたっけ?」と聞かれて、「上手く説明できないので次回の授業まで時間をくれませんか」と逃げてしまったことがあります。

 それ以降、品詞分解に夢中になりました。高校生の時、古文の予習として、授業で扱う文を品詞分解してノートに書きだしていくことが好きで、励行していました。相手が現代文になっただけでその続きの感覚で理解を進め、だいたい高校受験用参考書にある文法はそらで説明できるようになりました。授業をするわけですから、そのレベルに達していなこれば困りますね。しかし、たちが悪いことに日本語の理解ができたくらいに誤解していました。この学校で教える文法は「学校文法」っていうんですね。

 それでも当時、女子の分類がある辞書では係助詞、別な辞書では副助詞と書かれているので、どう考えたらよいか困りました。

 その当時、筑摩全書などから出ていた「日本語の文法」や、岩波新書で出た大野晋『日本語の文法を考える』を読んだりもしました。すると、学校文法の形式的な品詞論とは全然違うことが書かれていて、たいそう当惑しました。これでは中学生に学校文法を理解しやすくする手立てにはならない、と漠然と感じ、途方に暮れたことを思い出します。結局、私の授業は「学校文法はこういうルールだ!覚えろ!」というものだったと思います。

 叙述の仕方や文節の理解でさらに日本語の文法を別な観点から捉えられる、ということを、今日、ある国語を教えておられる先生から伺って目からうろこが落ちる気がしました。その先生は、「別な文法体系を教えるならば日本人の外国語習得能力は段違いに違いに高まるだろう」ともおっしゃていました。

 レベルの高い生徒を前にした時に、補足的な扱いにはなるでしょうけれど、「こういう文法の見方もあるんだよ」と説明してあげると、かなり多くの生徒が目を輝かす気がします。そういえば、遙か遥か昔、中学生の時に国語の先生が「自分は形容動詞を認めないが、教科書にあるので、説明だけはしておくよ」と言いながら授業してくださったのをうすうす覚えています。もしかしたら、言語のとらえ方について柔軟な種をまいてくださっていたのかもしれません。

 橋本文法はいわゆる学校文法のことですが、ことばは形式面だけでなく、意思を疎通しようという生きた側面、形成される側面があります。文法書の理解は難解でよむのに苦労しますが、時間が取れるならば、時枝文法、山田文法などがどういうものであるか、勉強してみたい気になりました。

日本、3年連続の貿易赤字 [教育]

 1月27日月曜の新聞やテレビは、どこも日本が3年連続の貿易赤字となったことを大きく報道しました。1年間の貿易赤字額は11兆円で過去最大。昨年度が7兆円程度でしたからずいぶん巨額の赤字となりました。

しかも輸出額は伸びているとのこと。しかし、輸出の重量総計などの統計では減少しているということです。

貿易赤字の原因は、原油や天然ガスの輸入が多くなっていることもありますが、今回の報道では円安でにも関わらず、日本の企業が生鮮拠点を海外に移していることで、日本企業の生産が日本国の貿易黒字に結びついていないことが大きく報じられているのが特徴的でした。

 日本が天然ガスを割高の価格で買っていることはよく知られていますが、ここにメスを入れるとすれば、新エネルギーへの転換を一気に進めるしか方途がないように見えます。ドイツに旅行に行った友人が、現地の人から、「観光ガイドさんが、来るたびに景色が変わっている、と言っているよ」という話を聴いてきたといいます。太陽光パネルを載せた家が増えたり、風車が増えたりというのが目に見える変化だというのです。ドイツは自然エネルギーをエネルギー消費の20%に持っていく構想を建てています。

 27日にはアメリカの金融緩和策が弾き締められるというので、途上国に出回っているドルの回収が進むという読みから、リスクの大きい株式の株価が大幅に値下がりしました。一方で、円はよりリスクが少ないというので円買いが進み、円高になりました。

 円高は日本の輸出には不利です。したがって、どんどん進行する現地生産=海外生産には葉留がかからないでしょう。企業の生産は本質的に利潤を追求するものであって、その企業が生まれた国を富ますことが目的ではないからです。現地生産も、生産費が安いという実体経済面での計算から、為替相場の影響を受けにくい発展途上国を求めて生産拠点を移す動きが加速するでしょう。

 日本国内ではいっそう法人税を引き下げるうごきが止まらなくなり、消費増税は当然10%になるだろうし、さkらに引き上げられる可能性も少なくありません。富裕層にとっては所得税40%をさらに上げられるより、消費税8%とか10%とかのほうが遙かに負担が少なく歓迎されるからです。

 そして起死回生を願っての円安誘導も続くでしょう。円安は輸入不利の材料です。輸入しない日本バッシングの生じる可能性もあります。すると「売りやすい日本市場」を求める海外からの圧力に押され、TPP受け入れは条件はずしで、ほとんど無条件に自由化を受け入れざるをえなくなるかもしれません。

 TPPが日本の農業を直撃することは前々から言われています。それにとどまらず、輸出産業で、日本企業の敵が多い分野では、価格競争に大敗するかもしれません。

 こういう現代の資本主義の動きをよく理解するために、資本主義そのものを学んでおく必要性を強く感じます。経済の動きが激動すれば、日本の在り方や考え方が大きく変わっていくでしょう。さまざまな場面で矛盾が生まれますが、その原因をつかめているつかめていないではだいぶ心の安定感が違う気がします。

地理教育を考える(2)景観と地理・その2 [教育]

 地理教育の上で、景観と地図の重要性について異議を挟む余地はないと思われます。それは、地理的な見方を私たちが生きていく上に応用していく出発点といえるもののではないでしょうか。

 たとえば、秋田県大潟村の地形図を見てみましょう(国土地理院の電子地図ポ-タルのサイトに行けばパソコン上で地形図をみることができます)。一面、田の地図記号が広がり、整然と農道や用水路が交差しています。意外なことに、畑の地図記号も荒れ地の地図記号も目立ちます。-2などの標高表示から、ここが海面下であることもわかります。

昔の八郎潟地図.jpg さらに、歴史の古い小学校や中学校、塾・予備校には授業で黒板の横にかけて使う大きな巻物のような掛図の地図があると思うのですが、東北地方のそれを見ると、男鹿半島には大きな湖がひろがっているように描かれています。1957年までは面積日本一だった八郎潟です。


 ここに『消えた八郎潟』という写真集があります。モノクロの写真が多数収録され、うたせ漁や帆船、刺し網、雪に穴をあけて魚をとっている様子などが多数収録されいています。広々とした湖面に夕日が反射する写真もあって心がゆっくり広げられる感じすらします。八郎潟地引網.jpg

 この写真集をめくっていくと、堤防が築かれ、パイプとポンプで八郎潟の汽水が日本海に捨てられるようすを写した写真が出てきます。さらにめくると見開きのページにかつての湖底がひろがり、貝殻が一面に散乱している写真が。

 陸地にトラクターが入り、巻末には豊に稲が実った写真が現れ、その少し前には八郎潟干拓を指導したオランダ人ヤンセン博士が現地での式典に出席し、謹厳な表情で胸に勲章をつけてもらっている写真も収録されています。みごとな写真記録です。

 こうした地形図や景観の写真を見て、まずどんなものが写っているのかを観察し、どんな情報が引き出せるかを考察します。そのとき相互に関連させて考えると、たとえば、「食糧不足を解決し、将来の手本となるような大型機械を導入できる農村づくりが目指されていたが、その後の社会状況の変化で、現在は耕作放棄地や畑作への転換も進められている」という、日本の農業の変化を典型的に示す資料として捉えられるでしょう。

 こうした考察に至るには、地理的な知識の蓄積が不可欠です。また社会現象を有機的・統一的ににとらえようとする一種哲学的な発想の訓練も要求されるでしょう。景観を写真で切り取ってみることを入口に、掘り下げていくこと、これは地理の授業を通じて追及されるべき大きなテーマといえると思います。

 

地理教育を考える(1)景観と地図 [教育]

 子どものころから地理が好きでした。高校の地理授業では毎時間のように質問をしていたらしいです。定期テストで同じ点だった大倉君(仮名)と通信簿の評価が違ったので、彼は納得いかなかったらしく、地理の室谷先生のところに私を引き連れて直談判に行きました。大倉君も地理が好きでしっかり勉強して自信をもっていたのでしょうね。室谷先生は閻魔帳をしらべて「平常点がケリーの方がいい。質問してるのが評価に加算されている」と仰いました。

 室谷先生の授業ではコンターワークを地理実習室でやったことが強烈な記憶です。地図学がご専門だったのかもしれません。そして地理学はカール・リッターとアレクサンダー・フンボルトとの流れの融合であるという説明、つまり人文地理と自然地理の両面に目配りして調査研究していくものだというのも強烈に覚えています。

 ところで、高等学校では社会科の教員として地理学専攻の人が不足しているという話を聞いたことがあります。私の通った大学では地理学科は文学部にありました。理学部にある大学もありますね。文学部地理学科なのだが教職課程で所定の科目の単位を取って教育実習をすれば理科の教員免許も取れることになっていたと思います。対象とする幅が広いのですね。逆に専門性がここにある、というものを絞りづらい学問なのかもしれません。

 私は中学生の子と話をする機会が結構あるのですが、「世界地理詰まんない」「世界地理点取れない」という話をよく聞きます。中学校の時、地理の蔵方先生が文部省研究員として短期海外派遣され、帰国されてから現地でご自身で撮影されたスライドを見せながら授業をしてくださったのが忘れられません。地理学習の種発点に「景観」があると考えるからです。とくに自然地理分野での景観を切り口にした学習は不可欠でしょう。人文地理分野でも集落の様子や工業地帯を俯瞰した写真、貿易港の写真など、景観を知ることがその場所での具体的な人々の活動を考えていく入口や資料になっていくはずです。

 ですから、中学生の子たちに「先生はいろんな画像とか見せてくれる?」ってよく聞きます。見せてくれる先生も少なくありません。単に白地図出して都市名入れて、さかんな産業入れて・・・だけの授業にはなっていないようです。もちろん景観の提示だけで地理学習が終わるわけはありません。

 文系の学習では資料の渉猟が極めて大事で、いろんな資料をめくって調べることが不可欠です。とくに地理の場合は教科書の学習と地図帳での学習という二点セットでの学習です。これは小学校・中学・高校での他教科と最も違う点です。これも小さい時から習慣づけておくとおかないとでは、高校生くらいになるとかなりの差がつくように思われます。たとえば景観を形成する要素を地図で確認するとか、景観を地図にあたってより詳しく把握するとか、地図帳の巻末にある資料をつかって、証拠づけるとか、いろいろな活用法があるはずです。冒頭に述べたコンターワークも等高線を色分けしすることで、土地利用の法則性が見えてきたりしそうです。

 景観と地図の利用だけが地理学習の鍵ではありませんが、地理に親しみをもつために重視すべき分野であると考えます。

理想の教師像 [教育]

 朝日新聞の記事に驚くべき記事が載っていました。札幌市の中学教師堀裕嗣(ほり・ひろつぐ)氏が明治図書図書出版から出した『教師力ピラミッド』と著者の紹介記事です(2013年2月7日朝刊13版34面)。非常に説得力があり、教師の評価(自己評価も含めて)について一石を投じるものと思いました。

 記事によると、「教師力ピラミッド」は下段・中段・上段の三つに分かれています。

 一番下の土台は、生活力・モラルです。先生の中には、時間ぎりぎりに来て、最後のチャイムが鳴るともうその先生の姿がない、という人もいるとか。実際、私の知っている塾の先生で、早朝の入試応援(中学入試がひと段落したころですね。先生方ごくろうさまでした)が終わって撤収しようとしているときに姿を現した人や、毎回始業寸前に来る先生に対して校長が舌打ちしながら「今日もぎりぎりかよ」とつぶやいていたとか、ほぼ毎回、「遅刻なんとかならないの」と注意されている人などかなり思い当ります。生徒からの添削答案を無くす人とかも。私の恩師『授業こそわが歌』(エイデル出版)の著者沼野鹿之助先生は「何を主張するにしても、当たり前のことが当たり前にできていてこそ説得力をもつものだよ」とおっしゃっていました。

 さて、中段です。これは大きく事務力と指導力に分かれています。

 事務力の方はさらに教務力・研究力・緻密性に分けられています。たしかに先生の中には、管理能力が優れ、生徒の成績がほとんど頭に入っている先生など少なくありません。教務力はとくに塾では生命線にあたりますから、入試問題を解いたり研究会をやったり、と会社が率先してやっているところも少なくないと聴いています。研究力については、先生族は勉強が好きで、保護者を対象にした情報とかパソコン教室や地域史講座を設けている高校も結構あります。この部分で、子どもたちに「先生、しっかりしてよ」などといわれるようでは失格です。ある個別指導の塾で、「BCG」の語を「インフルエンザの予防接種」と教えた先生がいると、その塾の室長さんが嘆いていたのを聞いたことがあります。緻密性ね。小澤征爾の指揮するラヴェルを聴いて影響受けるといいですね。

 一方の指導力ですが、これは父性型、母性型、友人型に分かれるとしています。声が大きく明るい性格は父性型となるようです。教師集団の要になるのもこのタイプとも指摘されています。この分析はエゴグラムの分析項目にちょっと似ています。

 一番上の段には創造性と先見性が来ています。とくに校長・教頭にこれが求められるといい、すると理想の教師は到底一人に体現するのは無理で、教師集団の力が力を発揮するというのが結論です。記事の最後は「すべての教師がお互いの特性を意識し、周囲の教師を気にしながら、情報を共有しやすい雰囲気を作ることが大切です」となっていました。管理や締め付け、目の前へのニンジンぶら下げではダメですね。
 

 


 

三浦半島の冬(2)城ケ島 [教育]

 「雨は降るふる 城ケ島の磯に 利休鼠の 雨が降る」

 北原白秋作詞、梁田貞作曲の名曲です。8分の9拍子で、小節を越えて引き伸ばされる音と細かく動く音の対比が見事な旋律がつけられていますね。ブラームスのヴィオラ・ソナタのテーマにちょっと似ています。

 さてその城ケ島は三浦半島の先端と目と鼻の先にある離島です。城ケ島大橋を渡って徒歩で島に入りました。「城ケ島の雨」の歌碑が海岸沿いにありました。島は小高い丘になっていて、随所に津波マークの標高を示す掲示のついた杭が立てられています。岡の林は保安林に指定されています。

 三崎港と目と鼻の先なのに、城ケ島はぐっとのどかで、田舎に来た感じがします。海産物もお土産のお菓子も城ケ島の方が少々安く、貝殻セットなども売っていて品数も多いようです。最近は鎌倉方面で低廉で泊まれる宿泊施設が少なくなって、三崎や城ケ島に修学旅行の団体が宿泊することが多くなっているのもお土産が豊富な理由のようです。マグロの延縄につける「浮」は今はプラスチック製ですが少し前まではガラス製でした。その大きなガラス玉もお土産で売っています。
2001_0101_000000-DSCN3594.JPG
 しかし、なんといっても海産物。私は干物のセットを買いました。店のおばさんが、アジの干物を2尾と、三浦大根を一本おまけに付けてくれました。エボダイ、キンメともに新しくて美味でした。写真はその店の店先です。

 ただ、キンメなどの底魚、たとえば子どもたちには安全なのでしょうか?福島からは今も水によく溶けるストロンチウムが海に流れ出ています。海洋でどのような流れ方をしているのかの情報を得るのは大変困難です。底魚や貝類、海藻類の汚染度の情報、しばらく新聞紙面でも見ない気がします。海・魚介類といえば原発事故に思いが至る、そこに、今回の選挙結果です。原発再稼働へ勢いていくことでしょう。私たちの健康、とりわけ子どもたちの健康は大事にされているのでしょうか。自分で自分を守るのもままならない現実をただ忘れているだけ、の思い。だからこそ知ることが大事です。情報にたどりつくためのURLをもう一度挙げておきましょう⇒http://hiroakikoide.wordpress.com/

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。