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悲愴覚え書き(7)弾けるかも [音楽活動]

 鎌田浩史氏の合奏の会に参加して、「悲愴」の弾けない部部について質問しました。

 第1楽章・練習番号Kの猛烈な勢いで全オーケストラが16分音符の分散和音で下降して、最後にヴィオラだけが残る部分。

先生からのアドバイスは、指を内側に鋭角に折り曲げて、手のひらと平行にする。手のひらは平らにいて、手の甲の部分はむしろ反りかえらせ気味にする。

 フィンガリングは1141・3213・1431の「ケリーさんのでOK。私も同じフィンガリングで弾きますね」

 「これを手のひらをフロッグ近くに持ってきて、指弓で弾く。ここはフォルテが3つついているところなので、遠慮しない。」で、家に帰ってからも復習してみました。

 弾ける!

 まだ、指揮者の先生の示すテンポでは無理ですが、先が見えてきました。私も相当なトシですが、「進歩」ってあるもんなんですねえ。ピアニストの坂田麻里氏の、「いくつになっても、必ず練習すればうまくなる」と以前、コンサートで聴いたトークをいまさらのように思い出したりもしました。先生ってありがたいもんですね。

 

悲愴覚え書き(6)歌うこととフィンガリング [音楽活動]

 このところ、大事な人たちの健康状態がよくない知らせが重なって、こんな遊びみたいな記事を書くのにうつつをぬかしていていいのか、と思ったりします。

 国内でもきな臭い動きがあったり、多くの音楽家を生んだ黒海沿岸では軍事行動が勃発、内陸にヤオトンがいまだに残っているはずの中原の国。これが海洋国家化しつつあることでの摩擦・・・など、こころを傷める出来事が頻発しています。歴史が動いているのですね。大きな揺り戻しの力が働いているのでしょうか。その基礎付けはどこに求めるべきなのでしょう。

 私たちは微力かもしれないが無力ではない。との教えを胸に、考えを深めたり、いろんな人と共有したり、対話したりしていきたいものです。

 音楽もその対話の一つ。弾けないのでは話になりません。

 ついに、指揮者の先生に「弾けません。」と質問しました。先生は、リズムを歌ってくださいました。ここで肝心なのは先生は長いパッセージを全部歌ってくださったのに、私は途中で脱落しています。モテ―フだけ練習してもダメ。フレーズ全体、パッセージ全体のイメージを頭と指、右手のボウイングに叩きこむことです。その前段階として、歌う。今日、通勤・行き返りの電車の中で、スコア見ながら(頭の中で)歌いました。

 さらに「ダブルシャープがついている音が取れない」点については、先生、あきれられて「フィンガリングが決まってなければダメですよ」とひとこと。フィンガリングが決まっていれば、半音高いとか低いとか、一全音違う、三度違う(えー!)とかは、あとで矯正できる。フィンガリングを頭に叩き込むよう残りの日々を練習してみようと思いました。

 基礎・基本のアドバイスですね。これ、大事です。そういえば、中学受験のプロ、にくにく先生も「基本、大事。この部分で差がつく。」と始終おっしゃっていました。プロのアドバイスは一見難しくない。しかし、その実行は大変のようです。

大作オラトリオ「救われしべトゥーリア」kv.118(74c) [MOZART]

 このモーツァルト15歳の、旧約聖書第2小典「ユディト記」による、ピエトロ・メタスタージョの台本に音楽をつけた宗教劇。じつに大作というにふさわしい。全2部からなる作品の演奏に2時間強を要し、内容は重く、音楽は実に緻密に書かれている。

 多神教アッシリアの軍勢に迫られたイスラエルの街ベトゥーリアを、神の加護を信じた美貌の寡婦ジュディッタが救う話である。

 美貌の女性が髭だらけの戦士の首を提げている絵をご覧になったことがあるだろう。そのジュディッタは敵陣にひとり赴いて酒宴に参加し、酔いつぶれた敵方の大将オロフェルネを剣で刺し、首をかき切ってべトゥーリアに奇跡的に帰還する。

 アッシリア勢は総崩れになって退散するが、そのときの混乱で味方同士で傷つけあったり殺しあったりしてしまう。この出来事の一切を見ていた、べトゥーリアの隣に住む異教徒アンモン人のアキオールは、神は唯一だという信仰に帰依するに至るという筋書きである。

 ジュディッタが首を持ち帰り、べトゥーリアで歌うアリアの歌詞が論争の的になった。歌詞は
「囚人が恐ろしい場所から 
すがすがしい日光のもとに戻ってくると、 
陽光に目を閉じる あれほどあこがれていたのに。

でもこうしてやがては 
明るい光を耐えることができるようになる。
彼の目を眩ませた輝きが
彼を元気づけ、彼の導き手となるように。」(海老沢敏氏訳)

 いわば、北鎌倉の円覚寺が元寇で倒れたつわものたちの菩提を敵味方のべつなく弔った、というのがこれに近いだろうか。異教徒に殺されても、異教の導きで魂は救われるというわけである。

 このアリアに、アルフレート・アインシュタインは異を唱え、カルル・ド・ニは劇全体と矛盾しないと見る。『変貌するモーツァルト』(岩波書店)によれば、海老沢先生もド・ニの見解を支持されている。

 しかし、血なまぐさい話である。100年前には第一次大戦を、そして、20年あまりの間戦期をはさんで再び大量殺戮が起こった。軍民310万人の同胞が犠牲になった。外国人の軍民への殺戮はその数の比ではない。そして、このオラトリオのレシタティーヴォは、1945年の8月9日以降、大陸での駐留軍退逃の時に何が起こっていたかをリアルに思い出させすらする。

 これらの世界大戦を知る21世紀のわれわれには、なかなかすなおに受け止められる内容ではない。

 しかし、モーツァルトは軍隊行進曲も書いて(書かされて)いるし、そのなかには、軍の勝利や合戦の描写に近い音楽もある。宮廷音楽家であり、「べトゥーリア」を作った15歳(!!)のときも彼は教皇領ザルツブルクの副楽長の息子だった。そういう作曲者が置かれていた立場から自由に作品や演奏を見るのが、鑑賞の態度でもあろう。

 すると、音楽の緻密な作り(とくに第2ヴァイオリンに意味深い動きがふんだんに与えられている)と、バッハのコラールを思わせる合唱の使い方、とくに掛留(ソプラノとバスは次の和音に移行しているのに、前の和音の声部が引き伸ばされて残っている和声の書き方)の扱いがすばらしい。声域のわりふりなども、間然とするとことろがない。立派な大作を聴き終えたという感想が残る。

 ただし、歌詞を見ながら、また「ぺトルッチ」のサイトで旧全集のスコア(6番以降に現行のナンバーとずれがあり、声楽パートが私の所持盤ではかならずしも同じ音に歌われていない)を見ながら聴き進るめると、明るい、あるいは純粋、天真爛漫、天衣無縫の音楽には聴こえてこない。調の選び方にしても、♭4つのヘ短調やホ短調などのモーツァルトではあまり出てこない調が使われていることにも意味がありそうである。

 べトゥーリアの街の頭領オツィアがペーター・シュライヤー。劇的。敵陣に赴くジューディアはアルトのハンナ・シュヴァルツ、これが堂々とした感じで実によくマッチしている。回心する異教徒アキオールがワルター・ベリー。いつもながらの美声。オツィアにべトゥーリアの街の窮乏を訴えるアミタールにイレアナ・コルトバス。滋味あるソプラノ、など。万全の布陣だ。

 合唱と管弦楽はザルツブルク室内合唱団(合唱指揮ルーベルト・フーバー)、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団。

 指揮がレオポルト・ハーガー。ハーガーは1991年のモーツァルトイヤーでウィーン・フィルを振ったのをリハ・本番とも聴いた。リハの途中で、コンマスのウェルナー・ヒンクが帰ってしまったり、ピアンの翼をはずしたりとりつけたりしていた。音楽はカッチリしていた。暴れ馬みたいなウィーン・フィル相手に、手綱をとる感があった。しかし、今日聴いた盤の演奏は滑らか。破たんは全くない。

 そうそう、このとき、ウィーンのピアニスト、今は指揮もしているシュテファン・ヴラダーが25番のコンチェルトを弾いた。グラスハーモニカのためのアダージョでアンコールした。彼の日本デビューでもあったのだ。

 モーツァルテウム管弦楽団は現在はボルトン。前任のスダーンより前。ふた昔以上前の、(カール・ベームも健在だった)1978年の録音。グラモフォンライセンスのフィリップス盤(小学館モーツァルト大全集)。

クララ・ハスキルの魅力 [音楽鑑賞]

 少し時間ができたので、悲愴をさらわないで、クララ・ハスキルの録音をいくつか聴いてしまいました。

 この20世紀後半に少し足を踏み入れたときに亡くなってしまった、障害と闘いながら神々しい音楽を紡いでくれたルーマニア出身のピアニスト。リパッティと同郷で中もよく、またヴァイオリンのグリュミオ―との共演盤が再発売を繰り返される音楽性に満ち満ちたピアニスト。

 ハスキルでもっとも惹かれるのはモーツァルトです。

 今日聴いたCDは第19番の「第一戴冠式」とも呼ばれるヘ長調の曲です。(kv.459)

 バックは往年のチェコの指揮者ヘンリー・スヴォボダ指揮ウインタートゥール交響楽団。オーケストラがソリッドな迫力でピアノに迫る第1楽章、ちょっとアタックや音量がピアノに勝りすぎているのでは、と思い、途中からスコアを出して見ながら聴いてみました。

 提示部の一番最後にサブドミナントから7の和音に分散和音で移っていく締めくくりのパッセージがありますが、ここがじつに印象的に弾かれています。夕日がやさしく落ちていくような風情があります。このパッセージがピアノに出る時もオケにでるときも心をこめて弾かれているのが強く印象に残ります。弾むような第1主題をオケが元気いっぱいに弾いているのも、結尾部との対比あってのものかもしれません。

 第2楽章になると、ピアノととくに木管との応答が、オペラの心理劇が進行する時のデュエットのように、親密に響きます。弦がそれをじゃましないように、しかし的確な(楽譜に忠実に)寄り添いを見せます。

 ウィンタートゥールのオーケストラは、往年の巨匠指揮者ワインガルトナーの晩年と関係が深く、この巨匠がパリで「発見」したビゼーの第1交響曲を初演したオケですね。コンサートマスターがこれまた往年の名手、ペーター・リーバルだったらしいです。

 とすると、ハスキルとの協演も多く、ハスキルとの室内楽の録音も残しているヴァイオリンの名手と、リリックで、流れるような線の旋律線を作るこの名ピアニストが、すぐそばて、呼吸の音を聴きあいながら音楽を作っていったのですね。

 なるほど、第3楽章などモテ―フの交錯が鮮やかで、その運動性の機敏さに魂をすくいとられそうです。みごとな室内楽。ここにくると、オーケストラの各楽器のピアノとのからみの魅力が先に立ち、ソリッドな響きという印象が希薄になります。演奏会ではこういうこと(楽章が進むにつれて音楽がこなれていく)はよくありますね。その雰囲気を大事にしたかったのでしょうか。初めの楽章の録り直しをやったようには思えませんでした。最後の短いコーダもインテンポで押し通し、爽やか。1950年の録音。

 さらに自由な雰囲気で各楽章の性格の違いを鮮やかに描きながら、リリカルないな深い音楽性の魅力をにじませているのが余白に入っていた、シューベルトの最後のソナタ(21番)。これも最後に向かうにつれて音楽が熟していきます。1951年の録音。(DOCMENTS 223109-345D)

 時間の余裕、もっとあって、LP10枚組のクララハスキル全集に針を通せればいいのだが・・・

悲愴覚え書き(5)弾けない;汗・・・ [音楽活動]

弾けないところ。ビヨラは辛いよ。

第1楽章:

(1)19小節~23小節のテーマの提示。音程悪すぎ。
(2)38小節の分散和音上行。
(3)42小節サルタンドに入る3拍目と4拍目。
(4)59小節アウフタクトからの分散和音下降から半音で2度を上がったり下がったりする62小節までの動き。ここ、♯・ⅹで実音が分かりません。
(5)63小節練習番号C~77小節の練習番号Dまで。ちょっとさらわないと弾けなくなるところ。暗譜できていない。
(6)101小節からのサルタンドが続く部分、練習番号Fを過ぎると数えが分からなくなる。すると119小節からのクレッシェンドが的確にデくなくなってしまう。
(7)134小節インカルザンドの2拍め。32分音符での音階の駆け上がり。ここは聴かせどころではありませんか!弾けなくてよいのか?
(8)アレグロ・ヴィーヴォになってからの練習番号Hの前後。とくにH171小節の16分休止符のつぎ裏の拍からの出が「決め」られたためしがない。
(9)練習番号L以降のシンコペーション。長く続くとどこ弾いてんのか分からなくなる。
(10)ページめくってすぐの240小節から練習番号Nまでの3小節。
(11)305小節から練習番号Sの313小節までの32分音符で動く半音階。

第1楽章だけでこんなに!

第2楽章の5~9小節のリズムも取れません。リズムが悪いね。

第3楽章は3連プの動きがダメ。

フィナーレは19小節、95小節、103小節、126小節130小節の音階を三連プと32分音符で駆け上がっていく同じパターン。


、しかし、われながらひどいな・・・6月7日の本番までに何とかなるのか?????お金取って人様にお聞かせする?いいのか?そんなことして・・・

柴田南男『音楽史と音楽論』 [音楽鑑賞]

岩波現代文庫の4月新刊。しかし、もともとは放送大学のテクストで1985年から使われていたものである。

 最近の放送大学の音楽学のテクストは笠原潔氏の執筆したものである。笠原氏の講義で圧巻だったのは『北瑳聞略』にある大黒屋光太夫がロシアで覚えてきた曲を突き止め・・・それは望郷の歌であったのだが・・・ロシアで演奏家に歌ってもらいそれを映像として放送したものであった。

 この惜しくも早く亡くなられた笠原氏の仕事が、柴田南男氏の提唱した「音楽考古学」の実現化であったことをこの本で知った。柴田南男氏は1970年代80年代のNHKFMでの常連で、吉田秀和氏、海老沢敏氏、前田昭雄氏、国安洋氏とともに、その鋭い発想が強烈な多くの刺激を私に与えてくれた人である。

 大学での藝術学の講義はその国安先生によるものだった。ここで東洋と西洋の藝術史を概観して、「逆現象の同時展開」を学んだ。西洋が具体から抽象に進んだとするなら、むしろ東洋は抽象から具体に進んだという藝術の流れである。

 ところが、驚くべきことに、本書では、音楽史が東洋・西洋の隔てなく取り上げられ、しかも同時代に東洋・西洋で同様な現象が起こっていることを指摘する。たとえば、近世後半に劇場の音楽が発達してたこと。かたや歌舞伎や文楽でたしかにそこに音楽は付随する。かたやサリエーリに「ことばが先か音楽が先か」があり、モーツァルトに日本の王子を主人公にしたジングシュピール「魔笛」がある。

 本書で学んだ放送大学の学生はずいぶん早い時期か東洋西洋を相対化してみる(きく?)視点を手に入れていたわけである。日本文化を考える場合にも、はばひろく、雑種性を再発見しながらという、基本的な枠組みを思い出させる書である。
 

撥ねあがるスタカート・重く沈むアクセント~自由に、楽しんで。アンヌ・ケフレックのピアノ [音楽鑑賞]

  「自由に気ままに弾く」ことをコンセプトにした「ディソナントの集い」をこの5日に経験してきたのであるが、はたして、メンバーから希望のあったこのコンセプトが実現できたのかどうかよくわからない。クラシック音楽は約束事が多く、楽器から正確できれいな音を出すのも至難である。制約が多いし、自分の持っている技も限られているし、自分の体を音楽の要求に合わせて思うように動かすのだってなかなかできはしない。「自由に気ままに」は、そこを突き抜けて実現できる境地であろう、という思いが私には強い。

 今日国立音大であったアンヌ・ケフレック教授の公開レッスンでのことである。国立音大3年の真琴さんが実にしっかりしたハンガリー狂詩曲第6番(リスト)を弾いた。ケフレック教授が「真琴さんが正面切って曲と取り組み、丁寧に勉強し、緊張の中でしっかり弾いた」と、労をねぎらったあと、最初に言ったのが「もっと自由に自分の音楽を楽しんで出す方向でいくとよい」だった。「悪魔がここではまだ隠れていて」とか「悪魔がからかっていて」とか『ファウスト』のメフィストフェエレスのイメージを借りてこの作品の世界を理解させようともしていた。その意味は、モーツァルトの音楽について、20世紀の初期にアルフレート・ホイースが指摘した「デモーニッシュ」と重なる部分もある。不意打ちとか急に表情や情感が変わるなどの意味で。

 「もっと自由に」がこのレッスンの中心テーマだったわけだが、さて、それを実現するには、何が大事か。まず、最初の音量に注意がいった。大きすぎる。しばらくしてからffが来る場合、最初は大きすぎない方がいい。全体の設計にかかわる。「ここは息を吸って」フレーズの初めの部分で何回かこの指示が出た。軽く短く、の指示も多かった。符点のついたおとそそのあとの音を丁寧に弾いてしまうと重くソフトになってしまう。悪魔が飛び跳ねるような感じは出ない。軽く弾くためにもっと手首を跳ね上げて、という指示もあった。(こういう指示が師匠から出る場合、私もやってみるのだが、すぐできたためしがない。)リズムの感じ方、撥ねあがるスタッカートと重く沈むアクセントとの交錯をそれぞれ明確に出す・・・

 フランス流の明晰は判明性をももっている。他と違うことが明瞭になればなるほど明晰さは増す。ケフレックの知性もやはりカルテジアン的なものであったように思う。

 公開レッスンに先立って、ケフレックは4曲弾いてくれた。「途中で拍手なしでお願いします。一気に4曲を続けて弾きます」「アンコールも弾きません。かわりにバッハがマルチェロのオーボエ協奏曲を編曲したものを最初の導入に弾きます」

 マルチェロの2小節目で長2度の音がぶつかるところからすでに緊張をはらんだ空気がホールを満たした。今までと違う時間が流れ出した。あたりを払う雰囲気。大家のオーラが出ている。

 このあと、ショパンのノクターン第20番嬰ハ短調、子守唄変ニ長調、ドビュッシーの映像~水の戯れと続く。すべての曲が同じ高さの音で終わり、その高さの音で次が始まる。なるほどこれは、続けて弾くわけだ。最後に幻想即興曲。これもドビュッシーの最後の音と関係の深い音の強奏から始まった。感覚的な曲の並べ方でなく、法則的・合理的な筋が通っている。フランス的なt知性がきらめいているのは実に爽快だった。

 ただ、ケフレックの音は丸みがあってその丸みの中が温かい液体で満たされているような豊麗感がある。ペダルは相当こまかく踏み分けているのでそこにも秘密があるのだろう。ルバートはごくわずか。

 たいへん高みのある演奏に触れた思いである。演奏はケフレックがその作品の世界を自由に渉猟したものと言えるのだろうとも思う。このところその意味を考えていた「自由に、気ままに」弾くというのはつまりは「理想(に近付きたい)}であることもよくわかった。
 

 

頭に栄養?根に栄養?~ごろ合わせで理科を征服! [楽しい学校友達・塾メイト]

いきなりですが、植物が栄養をどこにためるか、の覚え方です。

(1) 根に栄養をためるおもな植物。

覚え方→姉さん 5人 太ってる。

解題:
ね=根に栄養をためる。
さ=さつまいも。
ご(5)=ごぼう。
にん=にんじん
太ってる=栄養がためられている。


(2) くき・地下茎に栄養をためるおもな植物。

覚え方→ジャイ子 は れんこん さ。

解題:
ジャイ子=じゃがいも 
は・れんこん=はす(れんこん)
さ=さといも


ついでに玉ねぎは葉に栄養をためています。→「は・た」で覚えましょうか。


覚え方まとめますと、「姉さん5人太ってる。はたのジャイ子はレンコンさ。」です。

米沢上杉まつり・蔵王と山寺 [山形紀行]

 もと同僚だった先生に誘っていただいて、一泊で山形に行きました。JR新幹線と車内販売商品620円とホテル・朝食・レンタカーがついて30000円弱の省予算旅行2001_0101_000000-DSCN3999.JPG

 大宮発8時26分発の「やまびこ」は満席。途中福島で座れました。山形についてから車で1時間半で米沢へ。どこで上杉まつりをやっているのかわかりません。最上川を渡って、駐車場をみつけ、会場へ。「最上川の対岸から見るのもお勧めです」とパンフレットにあるのですが、正直何やってるのかわかりません。リハーサルを弁当食いながら見て、2時からの本番も見て、火縄銃実演の火薬の音に驚いたりしました。真地理の会場へまわってみると、祭りの参加者に外国のhとが多いこと多いこと。また地元の高校生たちも大活躍でした。帰り途、赤湯温泉に寄るまでにも、武者姿の高校生たちとすれ違ったり、追い越したりでした。

 翌日は午前中は蔵王です。標高が上がっていくにつれて、まだ雪のとけやらぬ周りの山地が見下ろされます。背の高い植物が視界から消えていき、雪の絶壁の中を車は蔵王山へ向かいます。エコーラインから御釜までは歩いて10分弱です。しかしと中は雪道。そしてお釜には氷が張っています。風が強くものすごく寒いです。5度くらいだろうか。しかし、絶景でした。2001_0101_000000-DSCN4021.JPG

 山を下りて、山形で蕎麦屋を探します。三津谷は山形で有名な名店とのことです。黄金週間のため空いてない店も多く、お客さんが殺到しています。店に入ってから食べ終わるまで待たされに待たされて2時間近くたってしまいました。

2001_0101_000000-DSCN4071.JPG そして山寺へ向かいます。1000段を超す階段を登り切らないと奥の院まで到達できません。私は休み休み、撮影で呼吸を整えて、なんとか30分と少しで奥の院まで行きました。絶壁の上に立つ五大堂にも足を踏み入れました。山寺では桜も咲いていました。平地ではすでに終わりです。
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 帰りは指定席が取れ得ていました。19時31分発の「やまびこ」で帰京しました。強行軍でした。

春のディソナント2014年(2) [弦楽合奏団ディソナント・アンサンブル]

 5月5日に本番を迎えました。といってもお客さんはいません。合奏するだけです。1時開始で5時に終わった時には「もう終わりか、あと一時間ではなかった?」「テンポをあげてもう一度通したかったですね」「ディソナント(kv.465)は合わせられないのか?われわれはディソナント・アンサンブルだろう?」「(弦楽合奏は)オケよりずっといい」などの言葉が参加者から次々に発せられました。充実していた会だったと言えると思われます。このブログを読んでくださっている方でも参加してみたいという方はいらっしゃらないでしょうか。次回のつどいへのご参加歓迎します。

 今回は、成り行きの結果(笑)3曲を合奏しました(重い思いして会場まで10曲も譜面を持参したのに!:笑)。曲数を絞ってやると、弾けるようになる部分も出てくる反面、弾けないので「ここをきちんと弾けるようになりたい、キチンと弾けないのが悔しい」という部分も明瞭になるのがつらいところです。わけもわからず無我夢中で弾いている方が、実は能天気で気楽かもしれませんね。

 前半がレスピーギ「リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲」なんと全曲。終曲のパッサカリアも、あの難しい曲をほぼ曲想に沿ったテンポで弾きました。一応曲の形になったのがすばらしい。

 後半は2曲。、まず「日本の四季」。4曲メドレーで、その中に内村直也作詞中田喜直の「雪の降る街へ」が入っています。私が米沢に旅行した話をしたら、「あの曲の雪の降る街は米沢だという説がある」とのこと。そこから「日本の四季」を通すことになりました。次にモーツァルトが16歳第2回イタリア旅行の途上、ミラノで作った6曲のセットから「弦楽四重奏曲変ロ長調Kv.159」。これは「ディヴェルティメント」として弦楽合奏で演奏されることもあり、ヴィナー・ゾリステンの録音を私は持っています。第2楽章がト短調4分の3拍子

 コンマス席に鎌田浩史氏。アーティキュレーションの指摘が今回は多く、くさびがついた音符を生かすために弓を撥ねることに何回か触れられました。

 細かいパセージでの指弓を実際に示されてみんなが圧倒されると見るやとパールマンの大きな手での指弓の話で笑わせてみんなの緊張をとる運び方はさすがです。

 音階練習の指摘という辛口の注意も。それに関連して、SPレコード時代往年の名カルテット、レナー四重奏団によるカルテットの教則本があること(ネットで検索してもいまのところ見つけられないので、これは企業秘密にしておいた方が良かったかも・・・)や、ボロディン四重奏団がリハーサルで曲をやらずに音階練習ばかりをひたすら繰り返しやっていた話などなど、専門家の話は重みと面白みがあります。

こういう基本的な注意はリズムの面でもあって、kv.159第1楽章に出てくるロンバルディア風のリズム(十六分音符と符点八分音符の組み合わせ・タラーと歌えるかな。セレナータノットゥルナのメヌエット楽章のテーマが子のリズム)符点八分音符の方がダラーと伸びてしまい、十六分音符の方が短くなりすぎて、どんどんテンポが速くなってしまいます。これをか拍子を意識してちっと弾く。聴きあうことで、合奏団のみんなが同じリズム・テンポをとれます。すると音色の透明感も増して、音が変わってきます。快いです。
 今回の参加者はチェロに理系女子チェリストがお二人。このお二人はよく楽器を鳴らされて、合奏をよく支えてくださいました。、ヴィオラにハール・シューリヒト氏、手術後の体力回復期をおしての参加です。第1ヴァイオリンに鎌田先生、打ち上げでの話が猛烈に面白かった高麗仙人氏、アンネ・ゾフィー・・ムカー氏(途中で体調を崩されたのが心配です・よくなられましたか?)。第2ヴァイオリンに遠路横須賀からクロ・ピクトベア氏・皆さんに魅力的なブログを読んでいただきたい、くまくんの手仕事氏。そしてケリー・ジョーソン、別名・軽米霧(かるの・こめぎり)。

 打ち上げが楽しくて、これもあっというまの3時間でした。一橋学園の招来川采館で四川料理。五行思想と調理、鉄道談義、オリーブオイルの効用、ネットリテラシー、断捨離、大塚紀夫氏の楽器やストラディバリ讃美(今回は5本そろいました)などなど談論風発でした。皆さん知的レベル高くて!

 次回が楽しみですし、定期的な会合に発展出ればいいのですが、皆さん所属団体をお持ちだったり、体調が許さなかったり、お仕事の都合がつけづらかったりと、この連休中と夏休み中くらいしか集まれないのかもしれません。楽しい体験をすると、欲が出ます。この欲望を手掛かりに、近いうちに次回の集まりを持ちたいと思ったことでした。煩悩が一つ増えたにすぎないかな?、

 

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