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[コンチェルト・アルモニコ]ヴァッセナール伯ウィルヘルム(伝リチョッティ)作曲のすごさ [音楽鑑賞]

 ベーレンライター版の譜面の表紙でも、作曲者のらんはリチョッティ(ペルゴレージ)となっている。

 実は、オランダ人でヴァイオリンの名手だったリチョッティの知己、ヴァッセナール伯ウィルヘルムの曲だった。この事情は、トマス・ヒューリ(指揮・ヴァイオリン)とカメラ―タベルンが弾いたアルヒーフ盤の解説にくわしい。

 ヒューリとカメラ―タベルンは驚くべき演奏をしている。ものすごく音楽が生き生きしている。技巧を凝らした曲を鮮やかなテクニックで弾き進めていく快感が支配している。

 全4曲のうち、かつてディソナント・アンサンブルの8人が「題名のない音楽会」に出演した時に、第2番ト長調の抜粋を弾いた。私は第2ヴァイオリンを弾いていた。それもあってか、第2番が一番の傑作に聴こえる。

 ではその第2番はどうすごいのか。

「悲愴」覚え書 [音楽活動]

 チャイコーフスキィは最後の交響曲で、厳格な古典派交響曲の世界に回帰しようとしていることが指摘されている。
 
 

それまでの交響曲に見られたように、民謡主題を用いることなく、主題を各楽章に回帰させる循環形式をとることがない。2度で下降する3つの音を動機として全曲を統一している.


 
 
動機で全曲に統一性をもたせる発想は、モーツァルトのジュピター交響曲、ベートーヴェンの運命交響曲、ブラームスの第1・第2交響曲の例を出すまでもなく、古典派とその延長上にある交響曲の特質である。悲愴もこの線上ある。ちなみに動機(モティーフ)は楽典的・機械的に言うなら8小節で主題(テーマ)、4小節は動機。ワーグナーの「ジーグフリート牧歌」では曲を開始するH(ハー)のオクターブ上行の1小節がすでにモティーフである。

 
さらに今日の終楽章の初プロ―ベで、指揮者の先生から、最終楽章は上行形と下降形に意味を持たせていること。それはバッハやバロック時代の音象徴の思想に則をとったものであると指摘があった。終楽章は下降音階の音型でどんどんクレシェンドし、音価が短くなっていく部分が後半に出てくる。なにものかにあらがうようなイメージは下降音型でしずみこんでいく自然なエネルギー展開にさからっているからであろう。

 悲愴交響曲は漢書楽章に5拍子のワルツを用いたり、3楽章のスケルツォに4分の4拍子と8分の12拍子の混合で行進曲を置いたりしている新機軸にまず耳を奪われる。ロ短調の主和音の確保が最後の楽章まで行われていないという指摘もある。

 作品が完成し初演された、つまりチャイコフースキィの死の9日前当時は、すでに後期ロマン派全盛の時代である。作品が多様な顔を示すのは当然といば当然なのかもしれない。
 

ハープ室内楽によるフランス音楽 [音楽鑑賞]

 桐朋学園の学生がハープを含んだ室内楽曲をふんだんに聴かせてくれる演奏会に行った。たぶんこれらの曲を生で聴く機会は二度とないだろう。

 フランス音楽の華麗さ、繊細さ、響きの移ろいの美しさを味わわせてもらった。

 曲は次の通り。

 二本のフルートとハープでベルリオーズのオラトリオ「キリストの幼時」~トリオ。ここで一気にフランス音楽の世界に引き込まれる。

 ヴァイオリンとハープでサンサーンスの「幻想曲」。四部からなる。最後に始めのテーマが帰ってくる。ヴァイオリンを弾いた石原君がフランコ・ベルギー派的な透明な軽い音をだしていた。細やかなパッセージたち。

 フルート・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・ハープによるジョセフ・ジョゲン(プログラムによると1873~1953)の「五声のコンセール」実に華麗。コンセール!ラモ―、クープラン、フランス古典音楽(パイヤール)の時代への回帰!

 ドビュッシーのフルート・ヴィオラとハープのためのソナタ~第三楽章。生で聴くのは初めて。ヴィオラの活躍が目覚ましい。異形の名曲。ドビュッシーの世界は他の作曲家と並べて聴くと抽象の度合いが濃く聴こえる。

 ダマ―ズの「フルートとハープのためのソナタ」~第一楽章。

 休憩をはさんで、
ラヴェルのピアノ曲「ソナチネ」をサルツェードがフルート・チェロ・ハープのために編んだものから第二第三楽章。明晰なフランス音楽の特色がよく出ている。

 1958年生まれのアメリカの作曲家「青い峡谷の中に~第3楽章」ドビュッシーのソナタと同じ編成。ただ音域の幅の広さはドビュッシー以上で、線的な印象がより強い曲。
 
 弦楽四重奏とフルート・クラリネット・ハープによるラヴェル「序奏とアレグロ」これも目覚ましい演奏だった。フランス音楽が気品ある音で作品世界にふさわしく弾かれていた。

 それぞれの作曲者の世界を描き分けるという点で今日の若い音楽家たちは秀逸だった。


 最後に、ハープ3台のアンサンブルでクリスマスメドレーと日本のメロディーが弾かれた。後者では「村祭り」でハープの共鳴胴を叩く奏法が搭乗していた。編曲物ののためか、きまじめで硬い演奏。最後の最後ははーラインの「星に願いを」を4台のハープで合奏した。ハープの合奏は去年からの試みとのこと。今後、委嘱作品で面白いものが出てくるかもしれない。

 桐朋の8人のハープ専攻のお嬢さんたちは、華麗な音楽を指先から生んでいるのに、立ち居振る舞いは素朴で謙虚なやまとなでしこ(古っつ!)風でそのギャップも初々しかった。指導する篠崎史子(あやこ)先生に紫綬褒章のお祝いで花束を渡していたのもよかった。篠崎さんは演奏会を通して、客席で体をゆすりながらお弟子さんたちの演奏を励ましていたのだった。

 12月18日調布たづくりけやきホールO列中央で。原稿の締め切りに追われているのを思い切って出かけたのだが、行ってよかった。

 こんな貴重な機会なのに、お客さんは100人いるかいないか。大部分は関係者のようで、私のような純粋愛好家はほとんどいない。惜しいことだ。 

火成岩の覚え方~ごろ合わせで理科も制覇! [楽しい学校友達・塾メイト]

社会だけじゃ何なので、理科も。

覚え方は

「浅いところでは、リュウモン アンさん ゲップして、

深ところで、河川氾濫。世は闇じゃ。」


解題

火山岩(噴出岩)・・・長石含有量が多い順に、流紋岩、安山岩、玄武岩。

深成岩・・・花崗岩、閃緑岩、斑レイ岩。

世は闇じゃ・・・火山岩、深成岩ともにこの順で、白い長石の割合が減って黒色化していく。岩石の色の違いは造岩鉱物の含有量の違いによる。


ホントは理科の先生は次に述べた理屈まで分かってほしいのですね。

  火成岩は、マグマが冷え固まったもの。浅い地表近くで急速に冷やされた岩石を火山岩または噴出がんという。急速に冷やされるため、結晶は大きく成長できず、岩石顕微鏡で組成を見ると、斑状組織が見られる。

 一方、火山活動が終息したのち、マグマが地下深いところでゆっくり冷やされると、結晶は大きく成長する。花崗岩を見ると、透明な石英と、白い長石、黒い黒雲母がほぼ同じ大きさで見られる。このようは組成を等粒状組織という。

 

 さて、ごろ合わせで覚えたからといって、試験・入試以外の何の役に立つか?

 覚えること自体より、「こうすれば覚えられる」のスキルを身につけるための一例と思うのがいいです。

 ごろ合わせで電話番号などを覚えませんか?4597=しごくな!とか、2319=兄さん行く?。とか。いろんな応用が効くはずです。

「江戸時代の文化」覚え方~ごろ合わせで社会科制覇! [楽しい学校友達・塾メイト]

期末テスト前の中学生、入試まであと2カ月を切った中学受験生へのプレゼント(?)です。この分野、覚えられない子多いよね!

覚え方は


「玄関で 蘭ちゃん 前に 青いイモ 食べすぎて 解剖図書いた。

祈ってチーズ作る ナルシ―。

ここで最も

エロく化けるのは、

寺子屋で読み書きそろばん習う町人の子。」



何回も唱えて覚えましょう。歌にしてもいいよ。

以下、解題です。

「玄関で」・・・玄=元禄文化・関=関西(上方中心)。

「蘭ちゃん前に青いイモ食べすぎて解剖図書いた」・・・蘭ちゃん=蘭学。前に=前野良沢。青いイモ=青木昆陽と甘署。すぎて=杉田玄白。解剖図=解体新書。
「祈ってチーズ作る」・・・祈って=伊能忠敬。チーズつくる=日本地図(大日本沿海與地全図)つくる。
「ナルシー」・・・ナル=鳴滝塾。シー=シーボルト。

「ここで最も」・・・ここ=国学。最も=本居宣長。

「エロく化ける」・・・エロ=江戸中心。化ける=化政文化。

「寺子屋で読み書きそろばん習う町人の子」・・・解説不要ですね。

健闘を祈ります。

国立音楽大学Bオケを聴く [音楽鑑賞]

 たまたま12月4日に標記の学内演奏会があることを知って、曲が魅力的なこともあって出かけてきました。

 大学のホームページにはこの演奏会のスケジューが載せられていません。なぜだろう?この演奏会を聴くと単位になるらしく、学生の姿が目立ちました。受付には履修者用の受け付けもありました。しかし、近所の人とか、隠れた愛好家らしき人の姿があまりありません。東京芸大の木曜コンサートが満員、有料化というのとはえらい対照です。国立音大のBオケは1・2年生の器楽専攻学生が組んでいるものですが、芸大の学生と比べてそんなに聴きおとりがするか?

 私見では「否」。

 少なくとも、後半の「モルダウ」、「ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲とフーガ(青少年のための宦官学入門)」は管弦楽の面白さを存分に味あわせてくれて快かった。「モルダウ」は一点一角をおろそかにしない、スコアの音は全部丹念に出させる演奏で。その一方で交響詩の雰囲気を上手く演出していた。裏にまわる対旋律のパートの扱いが積極的でした。

 ブリテンの「ヘンリー・パーセル~」は彼の作品の中でも抜群に知られていることはいうまでもありません。和声の進行や打楽器のパッセージを丁寧に扱いながら、一方で学生の若々しさを全開させる開放的な音楽が作られていました。曲の運び方もうまく、最後にベンジャミン・ブリテンの主題によるフーガが混迷を深めていくなかで、低音の金管がヘンリー・パーセルの主題を太陽が昇るようなイメージで回帰させる場面は見事でした。これを子どもたちに生できかせてあげたいな。と思いました。私は中学生の音楽の授業時にレコードで聴きました。音楽の先生のナレーション付きでした。

 音楽会の冒頭では1年生の弦楽合奏が風岡優氏の指揮で「シンプル・シンフォニー」を弾きました。8型コントラバス1本。流れのなかで間があったり、開放弦の5度を積み上げる奇想天外な音が鳴ったりと、納得できる演奏でしたが、いかんせん、アインザッツがそろわず、ヴィオラの音程がかなり各奏者で違う。指の問題などは無いのに、残念かがらばらばらな印象がぬぐえませんでした。2楽章のトリオが終わって冒頭の6拍子が返ってくるところの流れなどすばらしかったのですが。

 前半の2曲目はチャイコフスキーの「幻想序曲ロメオとジュリエット」。この曲何回も聴いているのにいまひとと構成がよくつかめませんでした。生で聴くと視覚的な面にも助けられて曲の構成が分かります。これは収穫でした。

 家田  氏の指揮はダイナミック。強弱のメリハリをつけさせる指揮をしているので、よく流れる音楽だけれど、曲想の印象は明確になります。結構な名演を聴きました。もちろん期待以上。

 
 

演奏会終えて・・・ [音楽活動]

 本番にはいろいろ事故がつきものとは言いますが。

 12月1日の冬のコンサートで、ベートーヴェン、ワーグナー、ハイドン、モーツァルトと、ドイツ音楽本流の世界を追体験してきました。誰とも違う個性をもった四人の天才の渾身の作との対話です。なんと贅沢な時間であったことよ!のはずなのですが・・・

 今回もいろいろ事故を起こしました。大好きなモーツァルトの、その中でも最愛の「リンツ」で飛び出し事故をやらかして相当メゲてます。めくりの部分で数えをせず、音の流れの記憶だけで弾こうとしていたのと、プロ―ベではめくりがうまく間に合わず、結局弾いていないことが多かったのが主な原因です。分析しても仕方ないか(苦笑)。休止符数えるなんて、合奏に参加する基本中の基本ではないか。と考えるとさらにメゲますね(笑)。

 朝10時からゲネプロで全曲弾いて、本番2時間近く緊張と集中の連続、疲れ果てました。終わったら左右の胸筋・大三角筋が猛烈な筋肉痛に襲われ、何も持てなくなる始末でした。どうも原因はヴィオラ(重いです!)持つときに右手も左手も力入れているからのようです。

 長年の親友オケ歴30年超のクロ・ピクトベア君は脱力の体得を指摘してくれました。同じく学生時代からの親友ハール・シューリヒト君が「こうやって全身の力を抜くんだよ」と言って実演してくれたのをうらやましく思い出したりします。

 その他いろいろ課題が解ってきました。これからは老化の一方ですから、機敏な動きを鍛えるような練習の仕方を心がけなければなりません。しかし「ディソナント四重奏曲」の16分音符、弾けない。最近はこの曲全く弾いてない。いつ合奏の機会があっても弾けるように時々はさらわなくてはいけません。

 ヴィオラもまだまだで、音色が汚いのは、指揮の先生が暗に私を指して力を入れずに楽器を鳴らすように指摘ししていただいています。譜面が読めないのはいかんともしがたいですが、オタマジャクシの玉からの条件反射で弾ける音を多くしていくのも課題です。なんと低次元な。

 こうしていい歳して、万年初心者状態から抜け出せないでいると、昔の中学生時代あたりに劣等生だった自分を思い出したりして。勉強で苦しんでいる子どもたちの気持ちがわかったりします。それは収穫だったかな(笑)

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