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N響C定期11月ノリントンのシューベルト [音楽鑑賞]

 ノリントン81歳。

 藝術とは精神の冒険である。

 ともかくめっぽう面白い演奏会。これが感動的なのかどうかは、いずれ放送があるだろう、その時いろんな人に感想を聞いてみたいと思う。

 当然ノンビブラート。

 コントラバスがホリゾントの前に組んだ3段目の山台の上に、トロンボーンをはさんで一列。コントラバスとホリゾントとの間に5枚の縦に長い反響版が組み立ててある。NHKに勤めていた録音も採る友人の話では、このホール、低音が出ないのが悩み。コントラバスの陣取りかたはウィーン・フィルが楽友協会ホールの最後列にコントラバスを並ばせるのと同じ発想ではある。そして、コントラバスの音が繊細明瞭に聴こえた効果は確かにあって、未完成の開始時に聴衆が固唾をのんで聞き入っている雰囲気もよかった。

 で、未完成は10型!グレートは16型だが、プルトを半分におとして、管楽器を顕著に聴かせる工夫がしてある。どこでそうなっているのかを納得しながら聴くのも面白い。テーマの描き方もちょっと四角四面で、一拍目強調・・・これらな古楽器演奏での流儀で珍しくもないのだろうか?私は面白かったけれど。そしてかなり弦楽器の弓、フロッグからガリガリ、またはフロッグから全球を速めの弓で弾かせる部分が多い。


 さらにクレッセンド、デミヌエンドをたっぷるつけている。これはヴィヴラートのない分、感情表現を打ち出す方途だろう。ノリントンのノンヴィヴラーはピュアトーンというらしい。これは本当に面白い効果で、宇宙の暗い広がりを思い起こさせる。そして木管楽器がところどころに閃光を放ち、これが宇宙空間に燃える恒星のようか効果を出す。こういう雰囲気をメシアンの「彼岸の閃光」で味わったような記憶がある。

 彼岸の音楽。シューベルトの音楽はロマン的というより冷やかで救いのない面がある。彼自身「ぼくは悲しくない音楽なんて知らない」と言った。すると晩年の「未完成」や「グレート」ではそうした救いようのない深刻さが描かれている演奏こそが作品の世界に沿ったものだ、ということになる。ノリントンの演奏はそういう点に気づかせてくれるものだったと、私には聴こえた。

 ノリントンの演奏との出会いは、吉田秀和先生が朝日の記事で、ロンドンクラシカルプレイヤーズと入れた幻想交響曲をとりあげて、いろんな音が聴こえるというので、興味をもって新譜のCDを買った。オフィクレイとかコルネットとか。

 そして「グレート」は言わずと知れたベームの75年来日公演の美演奏こそが決定的と思っている。その考えはノリントンの構築性が鮮やで全曲のテーマ性も明確に打ち出した演奏を聴いたのちも変わらない。

 とはいえ、ノリントンの音楽を聴いて、国安洋先生に音楽学を教わって以来、ずっと課題であり続けている音楽における「あそび」の姿が具体的に掴めたような気もすこし、している。やはりめっぽう面白い音楽を聴いたのだと思う。精神の冒険は面白い。
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