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八ヶ岳方面強行軍 [教育]

 8月12・13日は繁忙期ということで、JRも駅レンタカーも割引きサービスは一切ありません。小淵沢を19時18分に出た昇りの特急スーパーあずさはがらがらに近い状態です。そのぶん、中央自動車道が渋滞(上野原で27km)となっていました。

 8月12日は台風11号通過の直後なのに前線が停滞して一日雨でした。山梨・長野は内陸ですが、季節風は山がさえぎってくれても、上空に前線が居座られるとダメです。

 八ヶ岳南斜面は、火山のすそ野だけあって黒曜石や水晶が取れる場所です。また湧水の宝庫で、湿地帯や森も広い。(洪水や山崩れも多かっただろう。だから人々は高台に住んだ。知恵ものの集団、縄文人・・・)狩猟対象に事欠きません。そこで古くから、日本人の祖先が住み着いた場所となっています。

2014_0812_081016-DSCN4114.JPG 雨の中最初に向かったのは金生遺跡(きんせいいせき)です。縄文時代中期の遺跡で、壁を設けた竪穴住居が営まれていたと考えられている集落です。また石を円形に囲んだ中央に石棒を置いた死と再生にかかわる祭祀跡が見つかっていることでも知られています(写真参照)。南向きの斜面、裏手の湿地帯は現在は水田です。道路わきの側溝を勢いよく湧水が流れています。

 次に、金生遺跡のすぐ北側にある谷戸城址(やとじょうし)に向かい、城址の裏手にある北杜市考古資料館を見学です。ここは甲斐源氏の山城で、逸見氏が平家討伐に功があったことから栄え、武田家もここから派生したようです。

 この付近では弥生時代以降の史跡はあまりなく、次に出てくるのが平安末期です。気候が寒冷なため、稲作が難しかったためとみられています。

2014_0812_095648-DSCN4136.JPG さらに北に上り、甲斐小泉駅の近くに武田信玄が集落間の水利をめぐる対立を分水枡の石組を作らせて解決したといわれる三分一用水(さんぶいちようすい)を見ます(写真参照)。ここでぶよに首筋を刺され猛烈な噛みちぎられたような痛みに襲われました。 甲斐大泉、甲斐小泉、清里と駅前を探しましたが薬局はありません・・・清里の谷口牧場で応急措置をしてもらい、助かりました。

 谷口牧場を始め清里一帯は、高冷地農業と寒さに強いジャージー牛による酪農から開発が始まりました。敗戦直後に聖公会のポール・ラッシュがこの地に入り、指導しました。その拠点になったのが清泉寮(せいせんりょう)です。ここはさすがに観光客がかなりいて、ジャージー牛による濃い味のソフトクリームを食べています。

 谷口牧場と清泉寮の間に萌木の村(もえぎのむら)があります。ここにオルゴール博物館「ホール・オブ・ホールズ」があります。おもに今から100年ほど前の自動オルガンやオルゴールを置いています。SPレコードが出てくるまえの音楽生活の一端が分かります。(ここで、モーツァルトの書いた自動オルガンのためのアダージョが聴ければどんなによかったことか)

2014_0812_145727-DSCN4150.JPG 雨が小やみになったので、八ヶ岳の噴火でせき止められてできた松原湖(写真参照)を経由して、宿泊地白駒の池に入ります。

 翌朝は、晴れあがりました。そこで、この湖を一周(40分)しました。とちゅう川が湖に流れ込む寸前のところに「にう」という白い泡集まった場所があります(写真参照)。ここに来た人は「たいへんだ洗剤が湖に流れ出してしまう」というらしい。実際には山の腐葉土がわき水からの川に流され、岩場で水が渦巻いたり逆流したりするときに、栄養分だけが一か所にたまって析出したものが「にう」だとのこと。「山は海の故郷」と言って漁師の人たちが山に植林をすることを学んだりしますが、山の作る栄養とはたいしたものです。2014_0813_045836-DSCN4157.JPG

 ここから車山高原にひとっ走りです。小学校の移動教室で車山に登る機会も多いようですが、今回は軟弱にリフトを2回乗り継いで山頂までいきました。残念ながらガスってて、八ヶ岳と蓼科が見えるくらい。山は早朝に行かないと雲ひとつない眺望は望めませんね。

 車山の標高は1925mです、ここから一気に佐久盆地の龍岡城五稜郭へ向かいます。この二歩に二つしかないという五稜郭、実は龍岡は城ではなく陣屋です。西洋事情に明るい松平家の岡崎藩主が領地として持っていた信州の飛び地を幕末に本拠地として、西洋式の五稜郭をつくらせました。着工が1864年、完成が1867年。翌年が明治維新。数年後には建物は競売にかけられ、大きな台所だけが売れ残り、学制発布とともに小学校の校舎として使われました(写真参照)。現在でも龍岡城址は小学校になっています。2014_0813_101327-DSCN4184.JPGさて、さすがに佐久は盆地です。暑いです。

 ここから野辺山の滝沢牧場での遅めの昼食に向かいます。涼しい!一番気温の高い時刻ですが24℃。売店ではとうもろこし・グリーンリーフレタス・キャベツ・はくさいつまり高原野菜全部一個100円!ここでは食事も野菜攻めの感じです。

2014_0813_135955-DSCN4204.JPG そして南牧村民俗資料館へ。以前は開拓の歴史展示が主でしたが、昨年、3万年前にさかのぼれる細石刃(さいせきじん)が発見されたことで展示が様変わりしました。そしてその発見されたところは村が買い上げて標識が立ててあるといいます。畑を掘り返すと旧石器が拾えるとも聞きました。しかし、実際行ってみると雑草が生い茂っていて(写真参照)、土を掘り返して見るのは不可能でした。遺跡には真夏に行くもんじゃない。

2014_0813_145843-DSCN4209.JPGさてこうして、縄文→古代末期→近代→旧石器と時空の旅をした締めくくりが、小淵沢駅すぐ近くの大滝湧水です。神社(大滝神社)の社殿の横に大きな木をくりぬいた樋があり、そこから勢いよく水が流れ落ちています(写真参照)。この湧水が人間の歴史を、そして現在を支えていることを学んで、今回の強行軍社会科見学に幕を下ろすことにしました。社会科の先生が同行してくださったので、勉強になりました。どうもありがとう。

 
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