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悲愴覚え書き(8)作品世界を生きる [音楽活動]

 「悲愴」交響曲は、チャイコフスキー最晩年の作品である。この作品の完成直後、彼はコレラに感染して、命を落としてしまう。最新の研究でも、作曲家のコレラ死亡説が有力のようである。

 そして、この交響曲を、作曲者自身が、完成の少し前から「悲愴」と呼んでいたことも、チャイコフスキーと友人との手紙の文面から明らかにされているという。

 「悲愴」を巡る思想的な吐露が全編を覆う交響曲。死の想念や諦念、慰め、抗い、こういう人生的な激しく、あるいは澄み切ったイメージが支配する交響曲。あるいは、メッセージ性の強いジャンルとしての交響曲、全体の構成力がものをいう音の大伽藍としての交響曲。

  この曲はファゴットの、3度音程を順次進行で昇って一全音下降する、ソロに始まり、チェロのモノローグで終わるが、ともに出てくる音の形は、いったん上昇してから下降する順次進行である。順次進行は、第1楽章序奏部のテーマと主部第一主題だけでなく、第2主題も下Fis・E・Dの順次進行と分散和音を組み合わせたものである。この順次進行が半音的に進行する部分も多く、そういう箇所はいかにも悲愴というか、救いようのない人生の真理の想念が強く感じられる。

 そして、終楽章の第2主題が順次進行の下降音型で出てくるときの慰め。ブラームスの第4交響曲第2楽章第2主題のような、憂愁はもはやなく、ワーグナーのトリスタンに聴く陶酔からも遠い。冷徹だけれど慰めの音楽。これはチャイコフスキー最晩年に到達した、ほかの誰も書かなかった音楽のような気がする。

 こういったものを曲の端々に感じられるかな、と思い始めたころ、私がお世話になっている市民オケは本番を迎えてしまうのである。

 各楽章で、なかなか全貌を現さないテーマ。これは第1楽章もそう。第3楽章もそう。第4楽章もそう。

 フィナーレ冒頭はテーマの音型が第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンに一音ずつあてがわれて示される。それすらも、テーマの提示・明示をためらう、隠ぺいされる運命を象徴する書き方と解せられる。最近の演奏では、フィナーレ冒頭をテーマのメロディーラインにあえて整えないものが一般的になっていると、指揮の先生は指摘される。したがって、われわれはここを無造作と言ってはなんだが、あえて滑らかなラインを表出するようには弾かない。

 ふと絶望の淵に突き落とされるような叫び(第1楽章の展開部冒頭はその好例)。そして孤独感をかみしめながら終わりが迫る終曲結尾部。全体の構想も、部分部分の作りも、主題の音型も、たいへんにロマン的である。突発的に咆哮したり叫びをあげたりする金管も、この作品のロマン派=感情の優位の側面を強くあらわしている。

 これは、ロマン派の大作であり、作品世界の感情的追体験を抜きに演奏できない曲である。

 YOU TUBEには63歳だった時の岩城宏之指揮N響きによる、フィナーレがアップされている。粘り気のある音で引きずるようなリズムで演奏される「悲愴」は、センチメンタルであるが、作品世界のある面を明瞭にとらえた演奏といえるだろう。ロマン的な想念がどう鳴り響く音で表わされていくのか、をそこで聴くことができる。
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